ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』

晴。
音楽を聴く。■ベートーヴェン弦楽四重奏曲第三番ニ長調op.18-3(エマーソンSQ)。いい曲だな。■シューマン:交響的練習曲op.13(ル・サージュ)。一部個人的にわからないところはあるが、まず一流の演奏。ル・サージュは、ちゃんと魔術的瞬間の作り方を知っている。特に死後出版の五つの変奏(これを第一〇変奏と第一一変奏の間に入れたのは、効果的だ)が見事。フィナーレが、迫力を保ちつつ多少軽めなのもいい。これは、あまり力を入れられると聴いている方が疲れるので。ル・サージュがこんないいピアニストだったとは、知らなかったなあ。

Schumann: Klavierwerke & Kammerm

Schumann: Klavierwerke & Kammerm


ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』読了。傑作だ。題が上手すぎるのでどうかと思ったが、中身もそれに匹敵している。政治を描いた小説などは読む気が起こらないような先入観があったが、恋愛と一緒に書くとは。ソ連製の戦車が街を蹂躙した後のプラハでも、なかなか上手くいかない恋愛に比べたら、政治の存在など耐えがたく軽いのだ。いや、存在の耐えられない軽さとはそういうことではないのかも知れないが、政治は深刻ではあるけれど、高々「境界条件」に過ぎないとも云える。最後、政治が二人を殺したのかどうかは曖昧だが、結局人は、どんな条件下でも生きていくしかないのだ。では、生そのものが耐えがたく軽いのか。そうであるような状況は、やはり不幸ではあろうな。何が言いたいのか自分でもわからなくなってきたが、もう一度、本書は傑作であると繰り返しておこう。
存在の耐えられない軽さ (集英社文庫)

存在の耐えられない軽さ (集英社文庫)

というわけで、ベートーヴェン弦楽四重奏曲第十六番の第一楽章を聴く(エマーソンSQ)。上の小説を読んだ方なら、おわかりですね? じつに奇妙な曲だ。ベートーヴェンの死の前に書かれたものだが、大作曲家の到達点として不思議な感じがする。(AM1:19)

景気が多少よくなってきてわかったことに、日本の大手製造業はもうダメだということがある。これだけ財務状況がよくなってきているのに、設備投資が伸びない(参照)。かほどに内部留保に回すとは、ちょっと自分には予想外だった。これは、大手企業にチャレンジ精神が減退しつつあることの兆候だと思う。リスクを取らない。実際、日本企業の画期的商品、話題の商品というのが、本当になくなってきた。そして、これだけ円安になっているのに、輸出が増えない。世界が欲しがる日本製品が減ってきているのだ。逆に、台湾製スマホなどの、輸入が増えてきている状況だ。だから、貿易赤字になっている。以上は益体もない素人判断であるが、さて、これからどうなるのだろう。