大治朋子『勝てないアメリカ』

晴。
大治朋子『勝てないアメリカ』読了。副題「『対テロ戦争』の日常」。本書をどう紹介しようか迷う。まあ、副題が示しているとおりだとは云える。アフガニスタンにおける戦争取材を核に、アメリカの「対テロ戦争」の現実を書いている、とでも要約できるだろうか。IEDという単語は御存知だろうか。Improvised Explosive Device(即席爆発装置)の略で、「テロリスト」(という表現を一応使う)の仕掛ける、いわゆる「手製爆弾」のことである。一〇ドルくらいで作ることができるが、これを防ぐ有効な手段がなく、アメリカ軍は対応に苦慮している。対IED用のごつい装甲車(MRAP)がほぼ唯一の対応策で、実際著者は、取材中にMRAPに搭乗しながら、IEDの爆発に遭遇している。このときMRAPは大破したが、著者を含む搭乗者はなんとか無事であった。アメリカ兵の多くはこのIEDの攻撃を経験しており、そのときの爆風の影響による、TBI(Traumatic Brain Injure=外傷性脳損傷)という障害に悩まされる米兵への取材が、第一章でなされている(著者自身も、TBIらしい障害を発症している)。これらは、自分の知らなかったところだ。
 著者は、アメリカ軍の兵器がハイテク化し、高価格になっていくのに対し、「テロリスト」たちは、チープな兵器で米軍を悩ませている事実を指摘する。それに対するアメリカ軍の対策としては、戦争の機械化、無人化が急速に推し進められているという(第四章)。また、「テロリスト」に対しては現地の住民の人心掌握が必須だが、米軍はそれがわかっていながら、正反対のことをやっていることも指摘される。
 本書の中核は、第三章のアフガニスタン取材であるが、その内容は深刻であるものの、殺し合いを取材するというのは、ベトナム戦争についての報道などにもあったとおりで、特に新しいところはない。人が人を殺すというのは、昔から延々と続いてきたことなのだなあとも思ってしまう。しかし、自分には、人が人を殺すということが、なかなか想像できない。ただ、戦争というのは決して正当化できないものであり、しかしそれでも起きてしまうということを、痛感するばかりである。
 何にせよ、報道ということの重要さは変わらない。本書のような本が、広く読まれることを願いたい。
 なお、著者の『アメリカ・メディア・ウォーズ』もいい本だった(参照)。合わせて読まれたい。また、本書にも関係する著者へのインタビューも、ネット上にある(参照)。山下ゆ氏による新書批評は、こちら

勝てないアメリカ――「対テロ戦争」の日常 (岩波新書)

勝てないアメリカ――「対テロ戦争」の日常 (岩波新書)


どうして日本が格差社会に見えにくいか考える。それはたぶん、湯浅誠氏の云う「溜め」が、まだ日本にあるせいではないか。これまで蓄積されてきた豊かさが、まだ様々な形の「貯金」として、残っているのだと思う。例えば自分なども年収は低いが、偶々両親にパラサイトしているので、生きていくためだけなら自分で一銭も払う必要がない。しかし、今の仕事はもうそれほど長く続けられないし、そのうち(常識的には)親が先に死ぬだろうから、そうなったら大変になる。それでもある程度の蓄えがあったりとか、まだ自分は恵まれていると思う。自分より生活の厳しい人は、現実にいくらでもいる。先日のニュースでまた餓死者が出たことを報道していたが、餓死者が出るなどというのは、先進国では日本だけである。本当に日本は「先進国」なのかと思うくらいだ。そして、貧乏人に対する世間の風当たりは、年々厳しい物になっているのだ。それは、日本の経済がさらに衰えていくにつれ、もっと厳しくなることだろう。それはほぼ不可避だと思われる。
 それから、今の日本の貧乏人は、どうも invisible になっている嫌いがある。彼ら(いや、我々か)は極力外へ出ないし、友人・知人の数も少ない。つい、部屋に閉じこもりがちになるので、存在していることが認知されにくい。勢い、社会でも目立たないようになっているのだ。

県図書館。慣れてみると、数学や物理関係の本の所蔵ぶりにはやはり失望させられる。たぶん、よく知った司書がいないのだろうな。まあ、こうしたジャンルを利用する人は少ないだろうから、仕方のないことかも知れないが。それから、閉架の本の利用だが、お願いしてから取ってきてもらうまでの時間がかかりすぎるので、つい億劫になる。これも、図書館の構造上しかたがないのだろうな。この点は、市の中央図書館は利用しやすいのだが。

音楽を聴く。■シューベルト:ピアノ・ソナタ第九番D.575(ブレンデル)。たぶん初めて聴く曲。何とも云いようがない。
Brendel Spielt Schubert

Brendel Spielt Schubert

■ドホナーニ:六重奏曲op.37(シフ、タカーチSQ)。弦楽にピアノ、ホルン、クラリネットという、変った編成の曲。■スクリャービン:五つの前奏曲op.16(レットベリ)。美しい。