青澤隆明『現代のピアニスト30』/クルーグマン『そして日本経済が世界の希望になる』

曇。
音楽を聴く。■シューベルト:楽興の時D.780、十二のドイツ舞曲D.790(ブレンデル)。心に沁み入ってくるようなシューベルトだ。

Schubert: Complete Impromptus/Moments Musicaux

Schubert: Complete Impromptus/Moments Musicaux

ベートーヴェン交響曲第四番(ティーレマン)。今までどうもティーレマンがよくわからなかったが、それもその筈である。彼は自分に足りないところをたくさん持っているのだ。次第にティーレマンがわかってきたと思う。彼の音楽作りは「伝統的」だと云われてきたが、彼は紛れもなく現代の音楽家である。さらに追求する価値はありそうだ。■バッハ:フランス組曲第六番BWV817、平均律クラヴィーア曲集第一巻から第一番BWV846(ファジル・サイ)。現代を生きるバッハで、じつにユニークだが説得させられる。特に BWV846 が素晴らしい。この易しい曲に、深く感情を込めて歌っている。こんなバッハは、ファジル・サイしか弾けないだろう。
青澤隆明『現代のピアニスト30』読了。グールド以降の三十人のピアニストを採り上げて、精密に批評してみせた本。過剰なほどに文学的な比喩が用いられるが、自分の知るピアニストの批評を読むと、その文学的比喩は正確であり、そこのところに驚かされざるを得ない。採り上げたうち、半分は若いピアニストであり、自分の知らないようなそれが多く、興味津々という感じで読んだ。なによりも本書の批評の価値を示すのが、文章を読んでいるともう、音楽が聴きたくなってきて仕方がないことだろう。音楽批評の専門家であるがゆえに、演奏会の知見も豊富で、またピアニスト本人へのインタビューの摘録も感心させられる。著者は自分より少し年下だが、同時代にこうした優れた批評家を見い出すのは、嬉しいものである。音楽好きには本書は薦められよう。
現代のピアニスト30: アリアと変奏 (ちくま新書)

現代のピアニスト30: アリアと変奏 (ちくま新書)

ポール・クルーグマン『そして日本経済が世界の希望になる』読了。御存知ノーベル経済学賞受賞者クルーグマン教授による、アベノミクス本。アベノミクスの淵源はクルーグマンによるものと言っても過言ではないので、当然のことながら絶賛されている。まあ彼の主張は予想されたもので、特に意外感はないが、アベノミクスに対するインチキな反論を、簡潔に粉砕している点、本書は多くの人が手に取るといいようなものだ。クルーグマンの主張はシンプルで、とにかく物価をマイルドなインフレにするよう、あらゆる手段を断固として取り続けるべきというものだ。この「断固として」というのが重要で、とにかく国民の「期待」を変えねばならない。日銀のインフレ目標は二%だが、クルーグマンはできれば四%くらいがいいとは言っている。とにかくデフレが論外だというのは、日本でも少しづつ浸透してきたのではないか。
 そうすると気になるのは消費増税だが、クルーグマンはそれは論外だという立場だ。しかしこれは、増税が決ってしまった現在では、もう遅い。彼がイギリスの例を挙げて簡潔に示しているように、日本は国債残高を減らすには、穏やかなインフレと経済成長を両立させながら、ゆるやかにやっていくべきだと言う。イギリスの「借金」はかつて今の日本よりも深刻だったが、増税せずに見事に減らしてみせたのだった。税収を増やすのも、増税ではダメで(不況になって却って税収が減ることは、かつての消費増税で日本が示してみせたところである)、好景気による自然増がいちばんなのである。その点、消費増税後の日本は、先行きが暗い。
 それから、これは今のところ日本は無策なのだが、クルーグマンによれば、日本の少子高齢化は、将来の日本経済に深刻な影響を与えるということで、これは何度も強調されている。これは長期的な問題だが、これを放置することで、日本の経済はかなりの勢いで縮小することだろう。それくらい、日本の少子高齢化のペースは早い。この問題に関しては、自分はかなり悲観的なのだが、まあ自分の意見などはどうでもいい。これは、もっと論じられるべき問題なのではないか。
音楽を聴く。■シューベルト:三つのピアノ曲D.946(ブレンデル)。そっけない題だが、中身の詰まった曲で、ソナタにも匹敵する。■ベートーヴェン弦楽四重奏曲第十一番op.95(ボロディンSQ)。実力者たちの演奏。■バッハ:イタリア協奏曲BWV971、前奏曲とフーガBWV543(リスト編曲)、シャコンヌブゾーニ編曲)(ファジル・サイ)。何とも素晴らしい! ファジル・サイは天才だ。バッハが、完全にサイ自身の音楽に成り切っている。生命力に満ちている。ブゾーニ編曲のシャコンヌは、ミケランジェリの完璧なライブ録音が凄いが、これが完全にピアノ曲として演奏されているのに対し、サイの演奏は、楽器を超越したものを感じる。ちなみにブゾーニのこの編曲は、彼の色々ある中でも傑作だろう。元々ヴァイオリン独奏のための曲だが、編曲は相当音符を増やしているのに、そんなに違和感がない。演奏は技巧的にむずかしそうだが、その点でもサイは問題ない。