こともなし

曇。溽暑。
脳みそ休養日。意図的にダラダラする。仕事だけ。
ニヒリズムの種子を潰していくということは、果して可能なのだろうか。虚無って何だろう。贅沢病か。
我々は、自分らの生命力を底なしに吸い取っていく存在と、どのように付き合っていったらよいのか。

音楽を聴く。■ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第二十三番(リヒテル1960)。第二楽章が聴きたかった。「アパッショナータ」の中で、一番音楽的な内容が深い楽章だと思う。終楽章はリヒテルを聴いていると云うしかない。冒頭から速いテンポで、最後どうなってしまうかとハラハラする。コーダは崩壊寸前。恐ろしいことになっている。聴き終えて安堵。■ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第二十二番、第二十七番(リヒテル1951,1965)。両曲の音があまりにもちがうので、この間にピアノがヤマハに替ったのかなと思う。第二十七番は、こうして聴くといい曲だな。終楽章がメルヘンチックで美しい。小さな曲なのだけれどね。■ブラームスピアノ五重奏曲op.34を聴こうとしたのだが、曲がつまらなさすぎて第一楽章の途中で脱落。好きな時もあるのだが。■シューマン:ピアノ協奏曲op.54(ポリーニアバド)。ポリーニの水晶のように硬質なピアノが、限りなく美しい。前にもどこかで書いたと思うが、自分がこの曲で好きなのは、第一楽章のカデンツァと、終楽章である。だから、今回も、退屈な第二楽章は飛ばして聴いた。ポリーニは、さすがに聴かせる部分はすべて表現し切っている。これよりも感動する演奏はあるだろうが、これ以上に完璧な演奏はたぶんあり得まい。(AM2:27)
小林愛実スクリャービン、ピアノ・ソナタ第二番。将来が楽しみというだけでなく、現時点で、これはこれで強烈な魅力がある。これで個性的な音色を持っていれば、それだけでもう、歴史に残る一流ピアニストなのだが。(AM3:12)