『橋川文三セレクション』/松本栄一『チベット 生と死の知恵』

晴。
橋川文三セレクション』読了。中島岳志編。その文体の無味乾燥さから、自分は多くの政治思想史が苦手だが、橋川文三は読める。硬い文章の底に、生きた血の通いがあるからだ。そして、橋川は、文学の読みも鋭い。実際、本書の「三島由紀夫伝」には、鮮烈な印象を与えられた。三島をイデオロギー的に、単純に肯定あるいは否定するのではなく、その教養と文体を、繊細な手つきで解きほぐしている。政治思想にせよ、その記述の柔軟さが失われることがない。著者の論は、「論のための論」ではないのだ。イデオロギーを、イデオロギー的でなく論じる。つまり著者は、実感というものを、決して手放さないように見える。そしてその、精神の「豊かさ」。なんとも、比較してはいけないかも知れないが、こうなると、編者の解説の貧しさがどうしても浮かび上がらざるを得ない。

橋川文三セレクション (岩波現代文庫)

橋川文三セレクション (岩波現代文庫)

松本栄一『チベット 生と死の知恵』読了。チベットに魅せられた写真家である著者が、長年のチベットとの交遊を記したものが、本書である。もちろん、チベットが中国に武力で併合されたという背景は、至るところで現れているが、堅苦しいことが書かれているわけではない。著者のチベットへの、またチベット人チベット仏教への敬意が、文章に現れた好著だ。チベットについて体系的に書かれたものではないが、その雰囲気を感じるのにいい本だと思う。ダライ・ラマへのインタビューや、仏教僧のレクチャーなど、チベット仏教事始めとしても使えそう。読みやすく誇張のない文章も好ましい。
チベット 生と死の知恵 (平凡社新書)

チベット 生と死の知恵 (平凡社新書)