シェイクスピア『じゃじゃ馬馴らし』/島田雅彦『カオスの娘』/シュヴァレー『リー群論』/中沢新一『大阪アースダイバー』/マゼール指揮「叙情交響曲」

晴。
シェイクスピア『じゃじゃ馬馴らし』読了。ドタバタ劇。

じゃじゃ馬馴らし シェイクスピア全集20 (ちくま文庫)

じゃじゃ馬馴らし シェイクスピア全集20 (ちくま文庫)

島田雅彦『カオスの娘』読了。逃れ難く連続殺人をする少女(カオスの娘)を、現代に生きる「シャーマン」である少年が救おうとする、とでも云う筋書きであるが、中沢新一にインスパイアされたにしても、それは如何にもチープだと云いたくもなる。それに、真ん中あたりは、ページを繰らせていく力もそれほどではなく、正直言って退屈を感じるところもあった。しかし、現代にもシャーマン(ただし、本書のような「霊能者」ではなく)が必要だというのは共感できるし、島田の昔からの美点である、安易に分られて回収されてしまわない「不透明さ」には、感服させられる。これからも自分が島田雅彦を読んでいくのは、やはり確実であることを確認した。
カオスの娘 (集英社文庫)

カオスの娘 (集英社文庫)

クロード・シュヴァレー『リー群論』にざっと目を通す。これはまったく「目を通した」だけ。まだまだ自分のレヴェルは低い。
シュヴァレー リー群論 (ちくま学芸文庫)

シュヴァレー リー群論 (ちくま学芸文庫)

中沢新一『大阪アースダイバー』読了。何とおもしろい本だろう! 東京の「アースダイバー」よりも遥かに刺激的だ。本書の多くがたとえ法螺だったとしても(じつはそうではないのだが)、一向に構わない。学問とはこういうものだと思う。過去にアースダイブしつつ、未来に向かっている。極些細な例を挙げれば、大阪の商人というのは、グローバル経済の商人とはちがう。そして、真に未来への可能性を秘めているのは、その大阪の商人なのだ。
 ああ、それにしても、もったいなくてちびちび読んでいたのだが、到頭読み終わってしまった。次は、『野生の科学』でも再読するか。そうそう、忘れていた、本書所収の中沢さん自身によるたくさんの写真、これがまたなかなか面白いのです。
大阪アースダイバー

大阪アースダイバー


ロリン・マゼール指揮ベルリン・フィルの演奏で、ツェムリンスキーの叙情交響曲op.18を聴く。マーラーの影響を感じさせる、表現主義的な曲である。交響曲+歌曲という構成は、それこそマーラーの「大地の歌」を思わせるが、曲はそれほど「大地の歌」との類似は感じさせない。ライナーノーツによれば、歌詞はタゴールの詩から採られているらしいが、英訳どころかドイツ語版すらライナーノーツに載っていないので、内容がわかりかねるのが残念だ(もちろん実際に歌われているドイツ語の歌詞は、自分には耳で聞き取れないのである)。無調音楽ではないが、カデンツによる解決は最後まで延々と引き伸ばされている。統一した主題のようなものは、自分の耳ではわからなかった。どうも統一感に欠けるところも感じるが、また美しい部分もたくさんある。後期ロマン派の最後だと云えるだろう。なお、マゼールの指揮は色彩感豊かで、緻密なものである。
ツェムリンスキー:叙情交響曲

ツェムリンスキー:叙情交響曲