A・J・P・テイラー『第二次世界大戦の起源』

晴。驟雨。
A・J・P・テイラー『第二次世界大戦の起源』読了。第二次世界大戦は「邪悪で狂気の」ヒトラーによって引き起こされたもので、避けようがなかったという史観があるとすれば、それに真っ向から逆らった史観で、歴史を記述した本である。著者はヒトラーが邪悪だったことは認めるが、ヒトラーはすべてを見通していた超人でもなんでもなく、忍耐力に富んだ機会主義者だったとする。ヒトラーはドイツ人の欲望に乗ったのであり、第二次世界大戦の必要条件ではなかったというのだ。そして、戦争を避けられないものとしたとして従来断罪されてきた英仏の宥和主義の対応が、理にかなった部分もあったとして、彼らの評価を改めたのである。当然本書(原著刊行は1964年)は大変な論争を巻き起こしたらしいが、その後の研究により論拠が崩された部分もあったにせよ、今では学の共有財産として認められているという。本書は文庫本で四五〇頁を超える大部のものだが、1939年9月の開戦後の記述はまったくないのであり、すべてはその前史を詳細極まりなく記述していて、読むのはなかなかたいへんだった。しかし、活字を丁寧に追っていると、著者の強靭な歴史意識とでもいうべきものを感じて、とても勉強になった。はっきり云って、事態の推移する中ですべてを見通すことなど、誰にとっても不可能であり、偶然の中での直感的な決断がほとんどすべてで、そこにこそ個人の能力が利いてくるのである。そしてこのことは、人が生きていく上で、舞台の大小はあれど、同じことなのだなと思った。そして、そのようなことを教える本書のごとき歴史書こそ、よき歴史書なのだと思わずにはいられない。古い本だが、名著であろう。

第二次世界大戦の起源 (講談社学術文庫)

第二次世界大戦の起源 (講談社学術文庫)