吉田秀和さん死去

日曜日。晴。
カルコス。
音楽評論家の吉田秀和さんが亡くなられた。享年九十八。この前吉本隆明さんが亡くなったと思ったら、今度は吉田さん。残念です。これで、小林秀雄の周囲の人たちが完全にいなくなった。なにせ、吉田さんは中原中也の友達だったというのだから。最後まで吉田さんは、日本の最重要の音楽批評家でした。氏を受け継げる人は、辛うじて青柳いづみこさんくらいだろうか。とにかく音楽のことは何でもわかってしまう人だったし、また文章がすばらしかった。批評家は文学者以上に文章がうまくないといけないけれど、正確で暖かみがあり、明晰な文章を書かれる方だった。自分は吉田さんの批評を頼りに音楽を聴いてきた者だが、幸運なことだったと思わずにはいられない。御冥福をお祈りいたします。
 たまたま今日、吉田さんが愛聴されていたという、ウゴルスキの弾く「さすらい人」幻想曲のCDが届いたので、聴いてみた。うーん、これは異常な演奏ではないか。弱音の部分が極端に遅い。ほとんど止まりそうである。この曲は弾くに技術を要するが、そうした部分は爽快なまでに模範的だ。ウゴルスキはもちろん普通に弾こうと思えば弾けた筈なので、これは確信犯である。吉田さんは常々、グールドがシューベルトを弾いたらどうなっただろうと問うておられたが、もしかしたら、こうした演奏になったのかもしれないと思わせられた。確かに近頃、こうした冒険的な演奏は滅多に聴かれなくなっている。そう、殆どの評論家は黙殺しそうな演奏にはちがいない。とにかくマニエリスティックな演奏で、自分は度肝を抜かれましたよ。

シューマン:ダヴィット同盟舞曲/シューベルト:さすらい人幻想曲

シューマン:ダヴィット同盟舞曲/シューベルト:さすらい人幻想曲

続いて、併録されたダヴィッド同盟舞曲集も聴く。基本的にはシューベルトのと同じで、徹底的にロマンティックな演奏だ。この曲の自分の準拠枠は、ポリーニの明快な演奏(海賊盤だけれど)だったので、最初は少々やりすぎかなと思ったくらいだが、結局説得されてしまった。技巧的な部分は、これもまたしても見事。これがあるから説得力は増す。それにしても、終曲を聴いてくださいよ。やりすぎなのか、一世一代の演奏なのか。いずれにせよ凡庸ではない。