ディラック『量子力学』メモ(4)

前回
さて、量子力学のいちばん基本的な式は、一次演算子の「固有値問題」の方程式である。すなわち

     
がそれで、αは一次演算子、aはただの数(一般的には複素数)である。(ただし、|P>=0はわかりきっているので、それは考えない。)ベクトルに一次演算子αを施したとき、数aが得られるということだ。このaを一次演算子α(ないしそれに対応する力学変数)の「固有値」といい、|P>をαの「固有ケット」という。そして、固有ケット|P>は固有値aに「属する」という。aが物理的に観測できる数であるなら、これはじつは実数となる。上と同様の式
     
を考えることもできて、bもαの固有値であり、<Q|は「固有ブラ」である。
 上の方程式に, …など、複数の固有ケットの解があり、これらのいずれもが一つの固有値aに対して成り立っているならば、これらの一次結合であるケット・ベクトル
     
もまた、上の方程式の解になっている。

実の一次演算子について

以下、実の(エルミートの)一次演算子しか扱わない。すなわち
     
とする。
(1)固有値はすべで実数である。
上の式の両辺に左から<P|を掛けると
     
であるが、<P|P>は零でない実数であることに注意して、
     
      
     
で、aは実数である。
(2)固有ケットに伴う固有値は、固有ブラに伴う固有値とすべて等しい。
(3)固有ケットに共役虚なブラ・ベクトルは、その固有ケットの固有値と同じ固有値に属する、固有ブラになっている。
 この(3)より、ある状態が、固有ケット、あるいはそれに共役虚な固有ブラに対応していれば、その状態を、その実の力学変数αの「固有状態」と呼べるようになると云える。
 なお、注意しておけば、ディラックは p.41 以降、実の力学変数αの固有値を、プライムや添え字を使ってと書き、その固有ケットなどと、独特の仕方で書いているので、気をつける必要がある。つまり、
     
が成立するということである。

直交性の定理

ある実の力学変数の異なる固有値に属する、二つの固有ベクトルは直交する。
 力学変数αの二つの固有値及びとし、それらに属する固有ケットを及びとすると、
               (1)
              (2)
で、(1)式の共役虚を取り右からを掛けると、に注意して
     
となり、また、(2)式に左からを掛けると
     
となる。ゆえに、これらの両辺を引くと、
     
となり、 であれば となって、二つの固有ベクトルは確かに直交している。