こともなし

雨。

高度資本主義社会の「罠」に嵌っている人たち。彼ら彼女らは、何がイヤなのか。何が不愉快なのか。何を堪えているのか。
わたしは日本のことしかわからないのだが――、多くの人たちが非常に単純な情念にドライブされている。これは一般人でも、あるいは例えば優秀な学者でも同じだ。

ちょっといま考えていることの主語が大きすぎるのだが、仕方がない。

現代の最良の(若い)精神たちを見ていると、モダンとは別のところで生を再組織化しようとしているようだ。なるほど、それは自然な流れのように見える。むしろ、モダンとは敵対的であるような印象も受ける。しかし、モダンのすべてを廃棄してしまうことも出来まいから、わたしのやっていることも何の意味もないということは、もしかしたらないのかも知れないが。