東浩紀『哲学の誤配』 / 橋本倫史『市場界隈』

深夜起床。風の音がする。

フィッツジェラルドの後期作品集を読む。フィッツジェラルドはどうしてもあまり好きになれないな。編訳者の村上春樹フィッツジェラルドは上手いというし、確かに小説の中に真実もあるかも知れないが、結局は小説の状況があまりにも自分とかけ離れている。もちろん小説と自分の落差を楽しむという読み方もあるだろうが、しかし虚栄に満ちた成功者とか、妻に対する裏切りとか、アルコールへの耽溺、没落等々、あんまり楽しくない。結局、楽しくないものは読みたくないという、単純な読者のようだ、わたしは。何で小説の中でまで、虚栄や絶望を読まないといけないのか。いや、ほんと素朴な読みですね。

しかし、フィッツジェラルドの登場人物は、性格は意外と単純な感じもする。多くの場合フィッツジェラルド自身を思わせる主人公は、一見複雑で頭がよさそうに見えるが、つまりは欲望に引きずられて自分がコントロールできないだけだ。けれども、「自分のコントロール」とはいったい何かと考えると、難しくなってしまうが。とにかく、本当のところは退屈な小説たちなんじゃないか?

東浩紀『哲学の誤配』読了。韓国人の安天氏による東浩紀インタビューの日本語訳が中心の本である。巻末の安天氏による東浩紀論がなかなかおもしろかった。このところ日本語で新鮮な知的文章を読んでいなかったので、少し渇が癒えたような感じがした。いま、日本語で新鮮な知的文章を書くことはむずかしいように思えるが、それは何故なのだろう。知的な文章自体は大量に書かれているが、わたしはうんざり感をもたずにそれらを読むことはむずかしいように何故か感じる。それは、当の東浩紀氏の文章でも同じことだ。たいへんに優秀で、有用な文章を書かれているが、すぐに忘れてしまう。まあ、わたしの精神の硬直化ゆえかも知れない。

哲学の誤配 (ゲンロン叢書)

哲学の誤配 (ゲンロン叢書)

  • 作者:東 浩紀
  • 発売日: 2020/05/01
  • メディア: 単行本
結局、何でもわかっちゃう、あるいはわかったふりをしちゃうのだな。つまり、様々な概念があって、いや、時には概念を作り出し、とにかくぱっと適用しちゃう。で、何でもわかっちゃう。わたしも低レヴェルながら、同じようなことをしているのかも知れないな。

でも、それだけでは現実に対して、特に何にも罅を入れることはできないのだ。それはつまり、「わたしの意識」に罅を入れること。いや、問題のある表現だと思いますけれどね、いいんですよ。結局、「わたしの意識」が変わらなければ、何の意味もないんです。

曇のち雨。
橋本倫史を読む。

若い橋本氏の本は沖縄の那覇市第一牧志公設市場に店を構える人たちへの聞き書きで、公設市場には自分も昨年観光で訪れた。もっとも、既に古い公設市場は、建て替えのため仮店舗(?)に移っていたが。本書は幸福なオーラルヒストリーということになるのか、わたしのような人間はつい本書のような本を平凡で退屈に思ってしまう悪癖がある。でも、「平凡(な人生)は金」というのは金言なのであり、それを思い出させてくれるような本は意外と少ないのだよなと思わされた。もちろんかかるオーラルヒストリーというのはそれ自体がひとつのナラティブに他ならず、ここで楽しげに語る人たちから、「人生は苦」という側面に光を当てた本を書くことだって充分可能だろう。しかし、それはやはり著者の人生の考え方がこういう本を作らせたのであろうし、もう一度繰り返すけれども、「平凡は金」ということを思わせる幸福な本は、なかなかないのだ。だから、本書は注目を浴びたのだろうと思うし。続けて読む。

ところで、わたしはかつて橋本氏のブログをちょっと覗いたことがあるのだが、そこには現実への不満・絶望に近いものがたくさん表明されていて、なかなかに暗かった。それを思うと、本書はそんな素朴な本ではないのかも知れない。(追記。いまそのブログをまた一瞥してみたが、平明な文章で日常を記録した、なかなかよいものだと思った。)

橋本倫史『市場界隈』読了。上に書いた「幸福なオーラルヒストリー」という言葉は、本書を読了してみると少し浅かったかなと思う。「平凡は金」であるが、「平凡は幸福」というわけでは必ずしもないのだ。それは本書に、しっかり書き込んである。ただ、著者の人々に対する態度が、どこかポジティブなのが一見「幸福」に思わせる要因でもあろうか。いずれにせよ、例えば共同体の構造や繁栄の条件など、社会学的な観点からも読める本であろうし(もっとも、わたしは敢てそんな読み方をしようとはあまり思わない)、歴史の一断面でもあるし、なかなかよいものだという感想は変わらない。なお、本書はもともと(上に記した)ブログに書かれた文章の書籍化のようで、なるほどこれはいまの時代のよさだなと思った。さてどうでもよいことだが、本書を読み終えてみて、著者とわたしでは、人間に対する眼差しの暖かさが、全然ちがうのだなとなんとなく感じた。人間としての出来のちがいというか。個人的に反省しようにも、もはやどうしようもないところである。

市場界隈 那覇市第一牧志市場界隈の人々

市場界隈 那覇市第一牧志市場界隈の人々

  • 作者:橋本 倫史
  • 発売日: 2019/05/23
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

曇。日没前、散歩。蒸し暑い。





不穏。