フリードリヒ・ニーチェ『愉しい学問』

晴。
寝坊。

お昼寝。人生をじつにムダにしているな。

夕方、珈琲工房ひぐち北一色店。小林信彦さんのクロニクル・エッセイ集(『花と爆弾』2003年分)を読む。ブログ「本はねころんで」のここ数日のエントリが小林信彦さんを話題とされていて、小林さんが脳梗塞で入院なさっていたことを知って驚いたのだった。そういえばそちらのブログの過去のエントリでちらりとそのことが話題になっていた筈だが、すっかり失念していた。さて、本書 2003年分というと、もはや15年以上も前である。その年に何があったかというと、ブッシュ・ジュニアによるイラク戦争である。本書の題にある「爆弾」はそれを指している。小林さんは「花」についても「爆弾」についても、正確に書ける人だ。イラクの戦後処理をどうするのだろうという、小林さんの懸念はまったく正確で、ぴたりと核心をついているところがさすがである。それから、「3月10日」について。小林さんの仰るとおり、「3月10日」に何があったか、いまやどれくらいの人がわかるだろうか。いや、「爆弾」について書きすぎた。それは小林さんの意図するところではあるまい。わたしはテレビも映画もそれらについては何も知らないが、それでも文章の力でおもしろく読んでしまう。
 本書のあとがきに吉本さんの文章が、「名言である」として引かれている。小林信彦さんと吉本さんと何の関係があるといわれそうだが、このクロニクル・エッセイ集のシリーズの中で、これまで数箇所吉本さんについて言及があるのをわたしは知っている。やはり、わかる人にはわかるのかなと、いやこれはわたしの(吉本)贔屓がすぎるでしょうか。
 小林さんは情に溺れる方ではないが、その文章には根底に「あはれ」というものがないだろうか。明るい文章を読んでいても、どことなくほんのりとした「かなしみ」のようなものが感じられて、こういうものが「文章」なのだと思わせられる。

NML で音楽を聴く。■シマノフスキ弦楽四重奏曲第二番 op.56 で、演奏はアトマ四重奏団(NML)。

String Quartets

String Quartets

 
フリードリヒ・ニーチェ『愉しい学問』読了。森一郎訳。わたしごときにニーチェがわかる筈もないが、わたしがニーチェのいう「畜群」に属する人間であることはよくわかった。さらには「否定」(ナイン)の人でもあるかも知れない。いまや世に充満する「超人」たちは、ニーチェを崇め、ニーチェにひれ伏すとよいと思う。そして、「畜群」を唾棄し続けるとよい。 
て、て、テキトーって歌いましょう。屁がこきたい。