『エリアーデ著作集第八巻 宗教の歴史と意味』

晴。

NML で音楽を聴く。■バッハのトリオ・ソナタ第四番ホ短調 BWV528 で、オルガンはクリスティーナ・ガルシア・バネガス(NMLMP3)。■リゲティの室内協奏曲で、指揮はピエール・ブーレーズ、アンサンブル・アンテルコンタンポラン(NML)。ブーレーズが現代曲を指揮した CD はだいぶ買ったと思ったが、たぶんこれは持っていないな。これが NML で聴けるとは。

リゲティ:室内協奏曲/弦楽四重奏曲第2番

リゲティ:室内協奏曲/弦楽四重奏曲第2番

 
ベートーヴェン交響曲第八番 op.93 で、指揮はクラウディオ・アバドベルリン・フィルハーモニー管弦楽団NMLCD)。ベートーヴェンの音楽ってクソマジメで大袈裟だよね。でも自分は好きだ。アバドは聴き始めは音が乾いていていまひとつに聴こえるけれど、聴いているうちに敬意を払いたくなる。■スクリャービンの七つの前奏曲 op.17、四つの前奏曲 op.22 で、ピアノはドミートリー・アレクセーエフ(NMLCD)。
 
ドラッグストアまで散歩してきた。風は冷たいが、天気はいい。
20190109162304
 

夜、図書館から借りてきた『エリアーデ著作集第八巻 宗教の歴史と意味』読了。読みながら本書の内容と関係のないことばかりを空想していた。例えば終末感。人類の終わりも意外と早いのではないかという妄想である。日本からも、人間というものが急速に消えつつある。象徴的な意味でも、物理的な意味でも。シロクマ先生のブログの最新エントリで、いまの急速な少子化はカタストロフィックなレヴェルであるという主張を読んでおもしろく思ったのだが、自分のいいたいのはそういうレヴェルの話ではあまりない。ついでに書いておくと、そのエントリによれば、現在(といっても 2015年のデータらしいが)の 20歳は、40歳の 6割しかいないそうである。新生児に至っては 40歳の半分。これから数十年かけて日本がその人口を数千万人レヴェルで失っていくことは確定していて、それは国の存続のあり方にすら及んでくるであろう。そして、自分の甥っ子たちの世代は、生まれたときからネットがある世代である。もはや人間の変貌も紛れもなくはっきりと認められるようになり、自分などは旧人類の末裔であることを強く実感している。これからの想像力はどうなっていくのか? まあ、若い人たちのことはわたしには既にわからない。自分のことなので、自分の想像力は滅亡を意識するようになっている。もちろん、分裂病的な妄想の類にすぎない。

本書にあっては些細なことであるが、ヨーロッパからアメリカへの最初期の移住者たちは、至福千年王国的なユートピア願望を強くもっていて、この地(アメリカ)こそが「エデンの園」なのだという感情を抱いているところあったという。神話というものはアルカイックかプリミティブにしかないものではない。例えば現代日本におけるアニメは、まさしく我々にとっての「神話」を紡いでいるのである。ゆえに、アニメの構造分析などは、一定の意味があるわけなのだ。しかしそのようなことに長けた筈の若い人たちが、意外と浅いレヴェルでしかアニメを見ていないように自分には思われて、残念な気がする。いくら幼稚にせよ、あそこにこそ現代のひとつがあるのだ。凄まじい規模で氾濫する二次創作物(少なからずがエロである)など、東さんのいう「動物化」そのものである。もっとも、自分にはもう東さんたちのようには現在というものはわからない。わたしはとっくに終ったひとなのだ。(AM01:47)