『ブッダの 真理のことば・感興のことば』/原田泰『若者を見殺しにする日本経済』

晴。
ブッダの 真理のことば・感興のことば』読了。中村元訳。「真理のことば」はいわゆる「ダンマパダ」。中村元は有名な研究者だが、実際の修行者・仏教者でもあったのだろうか。ちょっと気になる。

ブッダの真理のことば・感興のことば (岩波文庫)

ブッダの真理のことば・感興のことば (岩波文庫)

原田泰『若者を見殺しにする日本経済』読了。扇情的なタイトルだが、著者の怒りが籠められていると云っていい。ロジックの書である。自分の愚かな意見を色々粉砕してくれたわけで、それはロジックによるものであるから、受け入れざるを得ない。個人的に知らなかったこと、考えを改めさせられたところは幾つかあって、二三列挙してみよう。
 まず、日本の経済の実力について、GDPはそれを正確に見るための指標としては適当でないという。むしろ、購買力平価GDPWikipedia)を使うべきであるらしい。国民一人あたりの購買力平価GDPを計算すると、やはりアメリカが世界をリードしており、その後に先進国各国が続くが、シンガポール、香港などはアメリカを抜き、また台湾は日本を抜いていて、韓国が日本を抜くのも時間の問題であるらしい。ある意味納得できないこともないが、ここからわかるのは、日本の経済成長の鈍化は、少々早すぎたということだそうである。じつは日本の停滞は七〇年代からであるそうで、それは「構造」的な日本経済の非効率性が原因だと著者は云う。また、九〇年代における金融政策の大失策。これらが、若者の失業率を押し上げている。
 また、第二章の題でもあるが、「年金は削るしかない」。今の高齢者向けの社会保障給付費は高すぎるので、これを維持することは不可能である。今は、高齢者夫婦で五〇〇万円(=二五三万円×二)を超える年金を貰っている計算になるが、働く人の平均給与は、ほぼ年四〇〇万円であることは、象徴的である。このようなことが、続くはずがない。このままにしておけば、二〇六〇年には、消費税を三六%にする必要があると計算される。これはもちろん、不可能である。対策としては、二〇一〇年の年金二五三万円を、一七七万円に下げる。そうすれば、消費増税は一二・四%で済むという。そして著者はさらに、消費税の逆進性を正してはならないとすら主張する。年金をもらっている富裕者は、所得としては低所得者になるから、彼らから税金を免除するのはおかしいというのだ。まことに論理的である。ついでに貧乏人は死ねということだろう(著者の意見としては、消費税の逆進性は高くないから、貧乏人でも大丈夫だそうである。日本の世帯数の五分の一を占める年収二〇〇万円の世帯でも、逆進性は強くないのであろうか)。
 第三章の題は、「グローバリゼーションは若者のチャンス」である。日本はこれまでも海外から優れたところを取り入れ、明治維新も、第二次世界大戦の敗北も乗り越えてきた。その日本が、グローバリゼーションに反対するのはおかしいのであって、TPPも日本を活性化させるという。これも、まことにご尤もである。そして、著者のわかっているとおり、世界は「英語化」されるだろう。著者はもちろん、それもいいことだと云うだろう。ちなみに、本書に拠れば、日本の英語の教科書の厚みは、韓国の半分、中国の四分の一だそうである。著者は、それにがっかりしておられる。
 それから、著者は、日本は問題になっているほど格差社会ではないと云う。格差が大きいのは高齢者の間で、他の年齢層ではそうではない、と。これは自分には、初めて聞く意見だった。しかし一方で著者は、一九九九年以降、若者の間でも格差が広がっていることも認めている(p.102)。著者に拠れば、これは不況のせいで、景気がよくなれば解決するという。そうなのかも知れない。また、グローバリゼーションで日本の格差が拡大したという研究は、存在しないらしい。それに、著者に言わせると、格差の拡大がグローバリゼーションだというのは、国を閉ざそうという発想につながって、「危険なこと」であるらしい(p.109)。危険だから云うのはよくないと言われてもねえ。ただ、著者の認める格差もある。それは「夫婦」という観点から見た格差で、超金持ちカップルと、貧乏カップル(という言い方は著者はしていないけれども)がともに増えていることは、事実らしい。著者は、これも肯定的に見ている。これら超金持ちカップルは多くが若いので、より長く日本経済の豊かさを支えてくれるのだそうである(p.115)。
 ただし、著者も認める事実がある。日本は、ジニ係数よりも、「相対的貧困率」が高い。相対的貧困率が高いというのは、真ん中の人の所得に比べ、所得の低い人がたくさんいるということである。その原因は、所得の再分配が日本ではうまくいっていないからだという。また、地域間の格差があることも著者は認めている。これについては、著者はあまり論じていない。総じて、著者は、格差を無理に縮める必要はないという立場である(p.128-130)。ここには、著者の立ち位置がよく出ている。そして、むしろベーシック・インカムを認めたらどうだ、ということであるらしい。これは、強く主張されているわけではない。それも可能、くらいの感じである。
 第五章では、リフレ政策が強く主張されている。このあたりは問題がない。
 第六章は、「成長戦略」に関する議論がなされる。補助金をぶちこんだ産業は、すべてダメになるというのは同感。だから、特定産業に肩入れした政策は無意味、というのは自分も大賛成である。ここで自分が痛い目を見たのは、補助金を大量に投入している米の出荷額は一・八兆円なのに対し、野菜は二・一兆円なのだというところだ。これは、保護になっていないのがよくわかる。果物でも〇・七兆円あるそうである。TPPも、そのあたりはむずかしい判断になりそうだ。関税よりも問題は円高だというのもそのとおりで、一ドル八〇円が一二〇円になれば、五〇%の関税をかけているのと同じであるというのは、説得力がある。
 第七章の教育論については、省略。
 以上、さぞかし誤読をしていると思う。刺激的な議論が満載なので、本書はお薦めだ。いい加減な議論はまったくしていないので、賛成するにしろ反対するにせよ、きっと一読の価値があると思っている。しかし、経済っていうのは、どうもむずかしいねえ。
若者を見殺しにする日本経済 (ちくま新書)

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