渡邊十絲子『Fの残響』/中井久夫『「昭和」を送る』

雨。
音楽を聴く。■モーツァルト:ピアノ協奏曲第二十四番(ペライア)。■シューマン:幻想曲op.17(ペライア)。うーん、素晴らしい。この曲は、言うまでもなくシューマンの中でも最高傑作のひとつだ。遠くまで転調していくのが画期的なのだよね。この曲にはいい演奏がたくさんあるが、このペライアのもその中に充分伍していける名演だ。

渡邊十絲子『Fの残響』読了。先日評論を読んで感心したので、処女詩集である本書を読んでみた。(たまたま比較的安い値段で入手できたのである。)かなり気に入る。詩人は相当色々な技巧を使っている。どの作品も抽象的ではあるが、それでリリカルさを失ってはいない。マイナー・ポエットではあろうけれど、確実に才能を持っていると感じた。他の詩集も是非読んでみたいと思うが、入手困難だろうな。

Fの残響

Fの残響

中井久夫『「昭和」を送る』読了。新刊が出れば買わずにはおれないという文筆家は、自分にはそう多くはないが、中井久夫氏は間違いなくその一人である。本書は、氏の久しぶりのエッセイ集となる。氏の書くものは、かつては一行一行に対応する論文があると言いたいほど緻密なものであったが、さすがに本書に収められた文章は、そうした感じではなくなってきた。特に、氏の病(前立腺がんと脳梗塞)に関する文章は、闘病記などではまったくないが、以前にはあり得なかったもので、ちょっとショックを感じずにはいられなかった。全体に、回顧の文章が多くなったことは否めない。それもまた、著者らしいものになってはいるが。本書の中では、表題作の昭和天皇論が、これだけ二十数年前のもので、圧倒的な緻密さを感じさせる。著者は、単に博識であるだけではなく、その歴史に関する途轍もない知識は、縦横に有機的に結びついて、独自性のある歴史の解明を齎しているのだ。
 その他の文章は、以前に書かれたことの繰り返しも多いが、さすがに新しい側面が見られないものはないようだ。個人的には、ヴァレリーの詩の新訳を出されているのは気づかなかった。これは買わねばなるまい。でも、何となくまだ、『若きパルク/魅惑』の訳業も積ん読になったままなのだが。とにかく、老いたりとはいえ、氏は我が国最高の知識人のひとりである。今の難しい時代、氏の知恵はまだまだ我々のゆく道を照らしてくれる筈だ。著者の壮健を祈りたい。
「昭和」を送る

「昭和」を送る