小熊英二『社会を変えるには』/若桑みどり『戦争がつくる女性像』

晴。
小熊英二『社会を変えるには』読了。ぼーっとした頭で読んだせいか、何が言いたいかよくわからない印象だった。社会を変えるにはいろいろなやり方があって、ロビイングは良さそうだがそれだけではダメで、やっぱりデモも大事、とか云われてもね。そりゃそうでしょうくらいしか云えない。何だか土台がグラグラな上に建築したという印象で、細部の荒っぽさが気になる。科学の比喩もたくさん出てくるのだが、それらのほとんどに何かしらの問題がある。「アインシュタイン量子力学を認めませんでしたが、その理由は、自然界は単純であるはずだ、単純な数式で書かれる法則にのっとっているはずだ、というものでした」(p.276)とあるが、もちろんこれは間違いで、アインシュタイン量子力学を認めなかったのは、その確率的解釈に納得しなかったせいである(いわゆる「神はサイコロを振らない」)。また、「物体を見るためには光を当てなければいけない。しかし、光はエネルギーですから、光を当てれば人間が日焼けするように、対象の物体も必ず化学変化します」(p.339-340)とあるが、どうしてこんな文章がこの本に必要なのかはさて措き、また、「人間の日焼け」もさて措き、光を物体に当てて何らかの変化があるとすれば、それは素粒子間の相互作用で、「化学変化」ではない。云々。社会学や経済学についての細部も気になったのだが、これは自分も無知なので云わない。しかし、著者はまだ「公定歩合」があると思っているようであるし、山形浩生氏によれば、著者はバランスシートもよくわかっていないらしいという。本書は新書にしては例外的に分厚い(だいたい著者の本はことごとく分厚い)が、こんな感じで、信用のおけない、はったりの知識で埋まっているという印象だ。三分の一くらいに圧縮して頂けないだろうか。

社会を変えるには (講談社現代新書)

社会を変えるには (講談社現代新書)

若桑みどり『戦争がつくる女性像』読了。副題「第二次世界大戦下の日本女性動員の視覚的プロパガンダ」。本書の内容は、副題がそのまま示している。フェミニズムが本書のバックボーンになっているのは明らかだが、それだけで単純に切れる本ではない。戦争下で女性が求められる役割として、「母性」と「劣等(または補助)労働力」があるとまず本書は理解するが、それだけなら女性は単なる戦争の「被害者」であるとも云えるだろう。しかし、女性が戦争に対し、積極的な役割も果していることを、本書は見逃していない。女性は「正義の戦士」のよき伴侶である、「美しき魂」なのである、と。比喩的に云うと、女性は戦う男の「チアリーダー」になるのだ。妻は夫を、息子を喜んで戦地に送り出し、「立派に務めを果たせ」と言うのである。
 また著者は、一般の戦争画ではなく、婦人雑誌、特に「主婦之友」に掲載された写真と絵画について、その内容を詳細に分析している。ここの部分の叙述は、本書の中でも圧巻だと云えるだろう。ここには、優れた西洋美術史家の目が光っていることを見落としてはなるまい。絵画の質をはっきりと判断できることが、記述を奥深くしている。これは不必要なことではない。
 本書の分野の研究は日本では先駆的なものであったようであり、手探りで進められていったことはよくわかる。この後、本書がきっかけになったような業績が幾つも出たようだ。意義深いことである。