こともなし

日曜日。雪。

積雪で送り迎えができないので、今日は甥っ子の勉強を見るのは中止。

大貧民(どう書く) - Qiita
Ruby 遊び。

晴。昼からスーパー。

夜。
『鳥の仏教』を読む。これで何度目か。得るところ、反省するところが多い。肉体は当てにならない、いつ死ぬかわからないとはまことにそのとおり。
 このところ輪廻ということをよく考えている。現代人で輪廻を信じている人はまずいないし、いたらちょっとアブナイ人である。しかしこれは、曇りない深い心で見れば、じつに素直な想像力の産物であることがわたしにはわかる。実際に輪廻という考え方はかつては広く世界中に見られた。仏教だけの専売特許ではない。これはどこかから世界中に伝播したというよりは、それぞれにおいて自然発生的に生じたもののような気がする。輪廻ということに思いを潜めねば、誕生も死もわからないようにわたしには思える。

こともなし

晴。

デカルトはコギトの存在が確実であると考えた。それとはちがうが、わたしはいわば「心一元論者」であり、その心=世界だと思う(誤解を招きやすい表現ではあるが)。ハイデガーの「世界内存在」は、それが反省的概念であるがゆえに既に心と世界の間に亀裂が入っているように思える。では、その「心」はどこから来るのか? しかし、かかる問いは論理的には、「心一元論者が暗に心以外のものを想定している」と矛盾を指摘されてしまうかも知れない。已むを得ないところである。

午前中、甥っ子の勉強を見る。物理。
昼食はおばあちゃんのカレー。
午後もお勉強。僕はいろいろ思い出してきてむずかしい問題でも解けるようになってきたのだが、僕が受験するわけじゃないしなあ。

夜。
録画しておいた、「まいにち養老先生、ときどきまる(秋を漂う)」を見る。
20210109223319
養老先生、大病をしていたらしい。それでこの番組、長いこと放送がなかったのかな。随分と痩せられた感じ。「諸行無常」が口癖になっておられる。

末近浩太『中東政治入門』

晴。

母診察。道路は一部凍結している。外気は-1℃だった。

昼寝。


末近浩太『中東政治入門』読了。300ページを超え、税抜きで1000円の新書本であり、中身もかなりハードだ。「地域研究」と「社会科学」(政治学)の双方に目配りすることを意図した書物ということで、一般人が気楽に読むのはたいへんだと思う。あるいは、入門書にしては理論的記述が多いとでもいうか。で、わたしのような平凡な素人が読むと、中東政治がわかるというよりは、むしろ余計にわからなくなってしまった印象もある。そもそも、簡単な要約を許さないため、ここに書くことができない。この本、誰がターゲットなのだろうという感じ。意欲的な学生というところなのだろうか。それとも頭のよいビジネスマンか。

中東政治入門 (ちくま新書)

中東政治入門 (ちくま新書)

 
飯山陽『イスラム2.0』を読み始める。第三章まで読んだ。わたしはツイッター上の著者があまり好きになれないのだが、これは論理的な本だ。示されているデータも、嘘があるとは思えない。「イスラム2.0」とは著者の作った概念で、インターネットの登場で一般のイスラム教徒が原理主義化しており、西洋由来のリベラル的な考え方と相容れなくなってきているここ十年ほどの傾向を指す。そして、イスラム教に、というかコーランにある異教徒への不寛容さ、つまり異教徒を殺戮せよというジハードの教えが前景化しているという。確かにコーラン原理主義的に解釈すれば、非イスラム教徒との間には対話は成立しない。そしてその傾向は、これからますます強くなっていくであろう、と。まあそのあたりはわたしにはわからないが、インターネットの登場が重要なのはわかった。原理主義的不寛容か。よく考えてみると、それが強まっているのは、イスラム教徒に限らないかも知れないが。対話が成り立たないということ。原理主義ってのはむしろラクなんだよね。根拠なく生きるというのは、ひどくむずかしい。

小玉武『評伝 開高健』

曇。雪ちらつく。

スーパー。

Ruby 遊び。Ruby 2.7 のパターンマッチを弄ってみる。

夜、雪。
小玉武『評伝 開高健』の続き。おもしろい。いま脳みそがうまく働いていないので書けないが、本書そのものが豊かだ。わたしが若い頃開高に惹かれたのはその「豊かさ」にだったが、さてそれはうまく説明できないものである。文学といってもいいし、人生といってもよいが、結局わたしはいまにおいても貧しいなと痛感せざるを得ない。それは、わたし個人の貧しさであるだけでなく、時代に与えられたものでもある。もちろん、だからわたしは時代を超えられなかったといってもよいわけだが。へんな話、この貧しい貧しいって芸もなく繰り返しているのがそもそも貧しいよね(笑)。いまや管見の限り、本を読んでも、テレビを見ても、ネットを見ても貧しい。わたしはリアルの生活で家族以外の人間とほとんど接しないのだが、リアルには豊かな人がたくさんいるのかも知れない。それは措いても、本書は豊かだ。文学だ。なつかしい、文学。
 本書は、ベトナム戦争を過ぎ、開高生涯の傑作『夏の闇』についてまで読んだ。著者はこの小説についても丹念に読み込み、『夏の闇』に関して避けて通るわけにいかない、ヒロインのモデル問題にも言及している。わたしはモデル問題にはあまり興味がないのだが、著者の見解は、ヒロインのモデルはひとりの女性ではないのではないかというものだ。『夏の闇』の舞台はパリ(と推定される都市)とベルリンだが、現実に開高が接していた女性はそれぞれの都市でちがうという説である。さらには、妻の牧洋子の像まで投影されているという。さて、どういうものであろうか。繰り返すが、わたしにはあまり興味はない。
 江藤淳が『夏の闇』をほぼ絶賛しているというのは知らなかった。あの気むづかしい江藤淳が。また、『ベトナム戦記』に対する吉本さんの酷評についても言及があり、著者はその20年後の吉本さんに話を訊いていて、わたしには頷かれるところがあった。わたしは吉本さんの「酷評」はあまり当たっていないと思うのであるが、あれはどちらかというと吉本さんの方の事情らしい。吉本さんと開高とは気質がまったくちがうわけであるが、吉本さんは開高を文学者として評価していたようでそれはほとんど意外だった。江藤淳の絶賛も意外である。吉本さんも江藤淳小林秀雄のフレームの中の文学者といえるだろう、開高からはひどく遠い筈なのに。
 本書は開高の「鬱」について当然のことのように再三言及しているが、開高の愛読者にもまたそれは当然のことであろう。鬱というものはあまりにも繊細敏感なアンテナというべきで、開高の豊かな才能と一体化していた。鬱は部屋に閉じ籠もっていられない。開高が「行動派」「アウトドア派」と見做されてきたのは、それゆえであるとわたしは思っている。

 
小玉武『評伝 開高健』読了。著者はサントリー宣伝部で開高と親しく接した人である。本書で気付かれるのは、谷沢永一について思ったほど言及がないことだ。「牧洋子悪妻説」は特に谷沢が広めたものだが、それについてはやんわりと異議申し立てがしてある。谷沢の『回想 開高健』も、鵜呑みにはされていないようである。
 開高はわたしの青春の読書だったので、本書を読んで個人的な感慨があった。開高の本に初めて出会ったときのことは、わたしにはめずらしくよく覚えている。わたしは名古屋に一年間下宿していたことがあるが、それは下宿の一駅向こうの、当時はまだたくさんあった町の小さな本屋でのことだった。角川文庫で、『白いページ』というタイトルにちょっと興味が惹かれたのだった。開高はよく「活字がむくむくと立ち上がってくる」という表現を使うが、文庫本を棚から抜いてページを開いたところ、まさにそういう体験をした。購入し一読したとき、ベトナム戦争のジャングルで九死に一生を得た話を読んで、それがひどく印象的だったのを覚えている。30年前、バブル期においてのことだった。
 開高が死んだときのことも覚えている。『白いページ』と出会った翌年、わたしは京都で下宿生活を始めていたが、野暮用があって名古屋に出かけたことがあった。そのとき知人の下宿に泊めてもらったのだが、夜、テレビのニュースで開高の死が流れたのである。そのときまでには既にだいぶ開高の本を読んでいた筈である。そうそう、その後京都河原町の大きな書店で、遺作の『珠玉』を見かけたこともあったっけ。その書店もいまはないらしい。

こともなし

曇。
二つの悪夢を見る。意図的に自分の内部を発酵させるつもりで眠る。これは一方で、外部から逃避することでもある。いま、澁澤龍彦みたいな現実逃避(?)する人をあまり見かけないよね。皆んな、現実に向き合ってばかりでえらいなあ。そんなことでいいのか知ら。

このところ、ウチのみかんを食べに鳥たち(主にヒヨドリ)がいっぱいきていて、一日中キイキイチクチクうるさい。糞をしまくってまわりをベタベタにするし。南天の実とかはまだたくさん残っているから、みかんのおいしいのに気づいてしまったのだな。ま、我々も毎朝みかんジュースにして、とてもおいしいです。

ぼーっとする。

晴。
午前中、散歩。







カワラヒワ





小玉武『評伝 開高健』を読み始める。おもしろい。一気に200ページあまり、「ベトナム戦争」以前まで読む。渾沌とした、熱い時代だったな。二〇代のわたしにとって開高は大切な作家だったので、また本書には「文学」が濃縮されているので、一種の感慨がある。本書を読んで、開高の初期短編のいくらかをわたしは読み落としていることがわかった。ほぼすべての作品に目を通しているように思っていたが。それから、本書で頻繁に引かれている自伝『青い月曜日』は、意図的に読んでいない。これも所有はしているので、そのうちに読むかな。

エピクテトス『人生談義(上)』

晴。のち曇。

BGM

スーパー。

ごろごろ。

エピクテトス『人生談義(上)』読了。

エピクテトス 人生談義 (上) (岩波文庫)

エピクテトス 人生談義 (上) (岩波文庫)

  • 発売日: 2020/12/17
  • メディア: 文庫

こともなし

曇時々晴。

午前中、甥っ子の勉強を見る。母検査。
昼食は甥っ子と「ひぐち」にて。おいしいコーヒーにちょっとホッとする。
午後もお勉強。このところの入試問題の連続でわたしのスキルも上がったのだが、無意味なスキルアップだよなあ。まあ自己満足でいいのだけれど。ふうでした。

夜。
BGM

NML で音楽を聴く。■ベートーヴェン弦楽四重奏曲第十二番 op.127 で、演奏はラサール四重奏団(NML)。

Beethoven;The Late String Quartets

Beethoven;The Late String Quartets

 
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